大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)799号 判決

上告人

有限会社中田観光

右代表者

中田博巳

岡村通男

右訴訟代理人

草野功一

被上告人

協栄生命保険株式会社

右代表者

亀徳正之

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人草野功一の上告理由について

公正証書の作成に当たり債務者の代理人が公証人に対し債務者本人と称して嘱託をしたうえ証書に債務者本人の署名をした場合には、右証書は公正の効力を有せず、債務名義としての効力がないものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(昭和五〇年(オ)第九一八号同五一年一〇月一二日第三小法廷判決・民集三〇巻九号八八九頁)。この理は、債務者の代理人からさらに同人を代理して公正証書作成の嘱託をすべき旨の依頼を受けた者が公証人に対し右の代理人本人と称して嘱託をしたうえ証書にその者の署名をした場合においても、異ならないものというべく、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官横井大三の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官横井大三の反対意見は、次のとおりである。

私は、債務者の代理人からさらに同人を代理して公正証書作成の嘱託をすべき旨の依頼を受けた者が公証人に対し右の代理人本人と称して嘱託をしたうえ証書にその者の署名をした場合であつても、債務者本人から順次公正証書作成嘱託の権限が授与されており、作成された公正証書の内容が授与された権限の範囲内のものであるときは、その公正証書は債務名義として有効であると解するものである。したがつて、私は、多数意見と異なり論旨を採用して原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきものと考える。私の意見の詳細は、最高裁昭和五三年(オ)第二〇三号同五六年三月二四日第三小法廷判決における少数意見のとおりである。

(服部高顯 環昌一 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人草野功一の上告理由

原判決には、法令の解釈を誤つた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、原判決は、本人、代理人間における署名代理が許されないとする最高裁判決を引用のうえ、代理人間における署名代理についても同様であるとしている。

しかし、公正証書、執行証書の形式的な厳格性を理由に、署名代理を否定する判断は、違法というべきである。

本件において、代理人高僑の署名が代理人高本により代筆されたとしても、それは両者間の合意により、正当な代理人である高橋の意思に基づきなされた署名の代理であり、公正証書に記載された具体的な権利関係とは何ら関係がなく、執行証書の効力に影響を及ぼすべき性質のものではないのである。

二、原判決も挙示する公証人法第三二条は、「代理人ノ権限ヲ証スヘキ証書」として、「官公署ノ作成シタル印鑑……ニ関スル証明書」の提出を求め、その証明書でもつて作成嘱託の真正さを担保しようとしている趣旨が明確である。

もし、右最高裁判決や原判決の立場によつて、公正証書の作成嘱託に誤りなきを期するためには、本人や代理人について運転免許証等の官公署が発行する写真付の身分証明書を要求しなければその目的を達し得ないことになり、このようなことがわが国の実情にそぐわないことは多言を要せず、また法の予定するところでもない。このことは、作成嘱託に関する原判決判断の誤りであることを示している。

また、原判決が、公証人法施行規則第一三条の二の規定を挙示している趣旨が必らずしも明確ではないが、右条文第一項但書は、「代理人が本人の雇人」である場合には証書作成の通知義務を免除しているのである。このことは、同法令自体、代理人が本人の雇人である場合には、その代理方式について、厳格性の緩和を認めている一つの現われでもある。

三、以上のとおり、代理人高橋、高本がいずれも本人たる被上告会社の雇人であるのみならず、高本が高橋の職務上の部下職員であつて、高橋が高本に対し、自己の印鑑証明書および同実印を預託した結果、高本が高橋として署名し、高橋の実印を捺印している本件においては、右高本の代筆行為は有効と認められ、その作成嘱託に何らの違法はないと解すべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例